教えたれたり 教えたり

それが善き友 善知識


『 善 知 識 』

  人生は人と人との出会いです。まったくの知らない者同士が、ふとしたキッカケから一生忘れられないような友達になることはよくあることです。そうかと思えばちょっとしたことで傷つけ合って分かれてしまうこともあります。

でも、一人ぼっちではいきられない私たちは、いつも心のどこかで本当に慰めあい、励ましあえる友達を求めているものです。どんなに人間嫌いの人だって、何かを友にして、生きているものです。【共(とも)】に人生を、分かちあってくれるもの、それが【友(とも)】という言葉の始まりではないでしょうか。

しかし、友も友によりけりです。昔から「朱に交われば赤くなる」という言葉があるように、善(よ)くも悪くも影響しあうのが友です。お互いに信頼し成長し合うような友達を選んでください。

仏教では、自分が悟りを開く縁を作ってくれる人のことは。『善知識(ぜんちしき)』と呼びます。友は、お互い善知識でなければなりません。

『朋(とも)有りて遠方より来る。亦(また)悦(よろこ)ばしからずや』(論語)というような友達を私たちは持ちたいものです。


 
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