時 間 |
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時間のことを考えて無為に時間を費やした時期があった。青春といわれる時期だ。自分が生まれる前に流れた長い長い時間、そして自分が死んだあとに続くであろう無限の時間のことを考えて、沈み込んだ。「永遠」という時間の単位に恐怖を覚えた。
いまでも恐怖感は残るが、年をとるにつれてはるかに実際的になる。この変化も時間のなせるわざだろう。「 ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬 」こんな枕草子の一節にひかれる年齢になった。 子どものころ、時間はなんとゆっくり過ぎていったことか。1日が何と長かったことか。しかし、年齢とともに時間は速度を増し、やがて時間に追いすがるようにして生きるようになる。 スポーツ選手の時間はどうなのだろう。たとえばボクシングの選手は1ラウンド3分間で闘う。その凝縮された3分という時間は途方もなく長く感じられるのではないか。対してラウンド間の1分の休憩はあっというまに過ぎることだろう。 サッカーは15分間の休憩を挟んで90分間ピッチを走り続ける。時間の伸縮が激しいゲームだ。ゆっくりパスをまわしているのかと思うと動きが急に速くなる。選手が駆け上がっていく。シュートの瞬間、時間が凍りつく。ボールがゴールネットを揺らし、時間は停止する。観客はその奇跡の一瞬を待ち続ける。 勝者にも敗者にも同じ時間が流れるはずだ。しかし、あるときは「時間よとまれ」と祈り、あるときは、「時間よ急げ」と祈る。そんな祈りが交錯する日々だ。 今日という日、今という時間は二度と戻ってこない。一日ひとときを大切にいつも前を向いて人生を進みたい。 |